新幹線のおじいさんの焼身自殺についての考察

 新幹線のおじいさんの焼身自殺なんだけど、まだ全貌解明されてるわけでないので、あくまでも憶測での話。

自殺の本当の原因って「孤独」だったのではないかなあと思うんです。これは本当に憶測だけど。年金に不満だったという話だけど、相談したり心を許せる仲間っていなかったんじゃないかなあ。
彼はポリタンクを持って1号車まで歩いてきたんだよね。おそらくどこからか乗ってとぼとぼ新幹線の中を歩いてきたのではないか。最後まで本当は止めてもらいたかったんじゃないかな。彼はテロをするために新幹線に乗ったわけではなくて、なんとなく人との接点が欲しかったのではないか。飛び込み自殺をする人も一般的には通行人の多いところに飛び込むらしい。
彼は1号車で歩いてきて一度デッキに出て、もう向こうに行けないことがわかって、おしまいであることを本当に覚悟したのだと思う。誰も止めてくれなかったから。それでまた1号車に戻ってガソリンをかぶった。
いや新幹線の客は彼に関心をかける理由もないし自殺するなんて察知できないし、彼を止めてあげる義理はない。新幹線に乗っていた人は100%犠牲者だし、巻き添えを食って亡くなられた女性の方は本当に無念だと思う。
ちょっと話は変わるけど、富士山の樹海で自殺をする人を防ぐためにパトロールをしている人の話を聞いたことがある。そこで「どうやって自殺をしようとする人を止めるんですか」と聞くと、「簡単だよ、おーいって言うんだ」って言うんですよ。
「おーい?死にたい人がそれで止まるんですか?」
「はい、9割以上それで戻ってきます。本当は止めてもらいたいんです」
絶望って無関心から来るんだろうと思う。だから、ちょっとしたことでもいいから、関心をもつことってすごく大事だと思う。
私自身が意図的にすごくしているのは、レストランや乗り物やホテルや、とにかく自分にちょっとでも関わったお店の人やスタッフになるべく声をかけたり、感謝の気持を伝えたりしている。
コンビニでありがとう、タクシーでありがとう、みどりの窓口でありがとう、駅の検札の車掌さんにありがとう、道を誘導しているおじさんにありがとう、トイレで掃除をしている清掃員の方にありがとう。ホテルで清掃をしているスタッフにありがとう。
デニーズに行った時に「三元豚のステーキ」という新メニューがとてもおいしかったんだよね。その際に給仕をしていた女の子がとにかく感じが悪かった。ぶすっとしてね。でも、彼女に
「この豚、おいしいねえ。調理している人にありがとうと伝えてね」というと、ぶすっとした表情が本当にしおれていた花が一気に開花したような笑顔になって、
「これ、先週、導入されたんです。わたしまだ食べてないんですけど、とてもおいしいということで紹介されました。そうやっておいしいと言ってもらえると私もうれしい」とびっくるするほど早口で話をした。あ、この子、こんなにかわいい顔をするんだって思ったよ。
わざわざ富士山の樹海まで来て死のうとする人が「おーい」で止められる。ならもう少し軽症の人はもっとなにかできるかもしれない。日頃、いろいろな現場で働いている人が誇りを持ったりするようにするのはこちらの顧客側の働きかけもすごく大事だし、それが自分の得になるかどうかはともかく、そういう一言で、気分が変わったり、一日がハッピーになったりすることはすごくよくあるものだ。実際にコンビニで「ありがとう」というと一瞬怪訝な顔をしたりするけど、でも嬉しそうな顔をするよね。特にぶすっとしている日本語がたどたどしい中国人の店員さんなんて、特にそうだよ。
船井幸雄さんとかが「ありがとう」が大事だとか本に書いてあったり講演で話したりしているとなんだか胡散臭いなあと思ってたものだけど、最近は、やっぱりありがとうだなあというのを強く感じてる。
あの自殺したおじいさんに同情するわけではないけど、でも、その前に止められなかったのかなあとも思う。少なくとも自分の周りにおいては「おーい」の精神は忘れないでおこうと思う。